「新型コロナウイルスワクチン 今までのワクチンと何が違う?~遺伝子ワクチンについて私たちが知るべきこと~」
2021年7月10日(土)にオンラインで開催された当学会 第29回年会(ICNIM2021) 公開シンポジウムでの、大阪大学感染症総合教育研究拠点 拠点長 松浦善治先生による講演の概要を以下に報告する。
感染症の歴史と新型コロナウイルス
環境および生体には細菌やウイルスのような様々な微生物が生息し、私たちと共存している。そのなかでも病原性を示すものは僅かであるが、人類は古くから繰り返し感染症と戦ってきた。この歴史の中で今回発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2は、RNAをその遺伝情報として持つウイルスの中で最大の大きさであることがわかっている。一般的に、ウイルスが増殖するためには生きた細胞へ侵入することが欠かせないが、新型コロナウイルス感染においては、宿主側の細胞表面のACE2受容体とそこへ結合するウイルスのスパイクタンパク質がワクチン開発に重要なポイントと示された。
初めて開発された遺伝子ワクチン
今回開発された新型コロナウイルスワクチンは、宿主の体内でウイルスのスパイクタンパク質を産生させるメッセンジャーRNA(mRNA;タンパク質の設計図)を主体とした人類史上初の遺伝子ワクチンである。ワクチンに含まれるmRNAによりスパイクタンパク質が産生されると、宿主はこれを異物と認識して特異的な抗体を産生する。mRNAを利用する点は、これまで一般的に使用されてきた、ウイルスを不活化や弱毒化したりする、あるいはウイルスの構造タンパクの一部を含むワクチンとは異なる画期的なメカニズムであり、ワクチン効果も高いと評価されていることから期待が高まっている。また、マウスに感染することができる改変新型コロナウイルスの作製など基礎研究も進んでおり、大阪大学が進めるワクチン開発についても紹介された。
ウイルスと変異
昨今懸念されている変異株についての解説がなされた。新型コロナウイルスのようなRNAウイルスはDNAウイルスと比較しても複製精度が劣っているため、そもそも変異しやすいことで知られている。一方で、変異が多すぎるとウイルス本体の重要な情報も失われてしまい、集団として生存することができなくなることから、環境への適合性(フィットネス)から外れない閾値ギリギリのところで複製しているとされ、この状況について松浦先生は「いま、新型コロナウイルスは存続できる落としどころを探っているところではないか。」と表現された。
感染と重症化に関わる免疫
新型コロナウイルス感染後の経過について。軽症の経過では感染初期に自然免疫系がはたらき、ついでT細胞、B細胞に代表される獲得免疫系が立ち上がることで抗体が産生され、T細胞も細胞傷害活性を発揮し、ウイルス(量)は減少に転じて回復へ向かう。しかし、重症化した例を見ると、獲得免疫系の立ち上がりは遅く、抗体が産生されてもT細胞の活性が弱いためウイルスを抑えることが難しくなり、重症化へ向かう。また、科学雑誌Cell(2020年)に掲載された報告では、抗体量よりもヘルパーT細胞、キラーT細胞といった細胞性免疫の活性が重症化を抑える要因であることが示唆された。これらを踏まえ、現在はワクチンによる抗体価にばかり目が向く傾向にあるが、それよりも重要なのは獲得免疫系に代表される細胞性免疫を日ごろから維持することである、と松浦先生は強調した。
講演の締めくくりにあたり、松浦先生は「生物には必ずウイルスが潜んでいるが、悪さをするのは一握りのウイルスだけ。ウイルスはヒトよりもよく細胞を知っているのだから、(ヒトも)ウイルスを知って仲良く生きて行こう!」とウイルスを正しく知ることで共存していく大切さを呼び掛けた。